循環器領域において心肥大・心不全の発症機序の解明とその治療法の開発は重要な研究課題の一つです。心臓に圧負荷や容量負荷などの物理的負荷または内分泌的な負荷がかかると、心筋は心機能を維持するための適応反応として心肥大を起こしますが、その状態が続くと心筋の収縮力は低下し心機能が維持できなくなる心不全に移行していきます。心肥大および心不全に至る分子メカニズムに関する研究は活発に行われており現在までに数多くの報告がされていますが、決定打となる治療法は未だ確立できておらず心不全の発症頻度と死亡は増加の一途です。
そのような中で、私たちは筋特異的発現タンパク質MURC (muscle-restricted coiled-coil protein)を発見しました(Ogata T, et al. Mol Cell Biol. 2008, Tagawa M, et al. Am J Physiol Cell Physiol. 2008)。このMURCは、現在ではカベオラと呼ばれる細胞膜上の微細構造物に局在するcavinファミリータンパクのうちの一つ(Cavin-4)であることが明らかになっています。カベオラは、コレステロール輸送、エンドサイトーシス、各種受容体複合体の局在を通したシグナル伝達の要など、小さいながらも細胞にとって非常に多彩な機能を持っています。
しかしながら、cavinファミリータンパクは発見されて間もないこともあり、その機能の多くは未知のままです。私たちは心肥大・心不全だけでなく肺高血圧や大動脈瘤まで疾患範囲を広げ、MURC/Cavin-4を含めたcavinタンパクの心血管病における役割について色々な視点から研究を行っており、将来の医療の発展に貢献しようとしています。
心不全研究グループ
筋特異的発現タンパク質MURCと心筋症との関連
私たちは、Serial Analysis of Gene Expression (SAGE)という網羅的に遺伝子発現量を解析する方法を使ってマウス心臓から筋細胞の細胞質内に特異的に発現している遺伝子を同定・単離することに成功し、その発現パターンからその分子をMURC (muscle-restricted coiled-coil protein)と名付けました。MURCを心筋細胞で過剰発現させると刺激伝導系の障害を伴った心機能低下を来たし、一部は心房細動や完全房室ブロックと呼ばれる不整脈を発症しながら心不全に陥ることがトランスジェニックマウスから明らかになり(図1、2)、心筋細胞レベルでもMURCの発現が心肥大・心不全時に発現が上昇するANP, BNPといった分子に影響を及ぼすことも分かっています。ヒトの家族性心筋症の患者の中にMURC遺伝子変異が見つかり、MURCが心筋症の原因遺伝子であることも明らかになりました(Rodriguez G, Ueyama T, Ogata T, et al. Circ Cardiovasc Genet. 2011)。

(図1) MURCは心筋細胞のZ lineと呼ばれる部位を中心に局在しています。 (Ogata T, et al. Mol Cell Biol. 2008)

(図2) 心筋特異的にMURCを過剰発現させたマウスでは心拡大が起こり(上)、
完全房室ブロックや心房細動といった不整脈も認められました(下)。 (Ogata T, et al. Mol Cell Biol. 2008)
カベオラ関連タンパクCavinの1つ、Cavin-4としてのMURC
MURCは心臓に発現する遺伝子に対して網羅的解析を行って見つけた遺伝子であり、心臓に対する機能をみることから私たちの研究がスタートしましたが、私たちの報告後に海外の研究グループから、MURCが筋細胞に特異的に存在するCavinであることが報告されCavin-4と別名がつけられました(Bastiani M, et al. J Cell Biol. 2009)。カベオラはコレステロール輸送を中心に研究が進められてきた細胞膜上のフラスコ状陥凹構造物ですが、最近の研究で、インスリン受容体、アドレナリン受容体、Caイオンチャンネルなどの局在部位としてカベオラの重要性が報告されるようになってきています(Balijepalli RC, et al. Prog Biophys Mol Biol. 2008)。
MURCを過剰発現させた心臓組織と培養心筋細胞のカベオラを電子顕微鏡で調べたところ、くぼみが有意に拡大していました(図3)。ただ、MURCノックアウトマウスの心筋細胞では、カベオラは消失していなかったため、MURCはカベオラの大きさといった形状には影響を与えるものの、カベオラの形成には必須ではないことが分かりました。

(図3) MURCの過剰発現により心筋細胞のカベオラは拡大します(Scale Barは 200nm)。
(Ogata T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014)
カベオラにはcavinタンパク以外にcaveolinと呼ばれるもう一つのカベオラ関連タンパクが知られています。現在までに3つのcaveolinが知られており、Caveolin-3もMURCと同じく筋特異的です。Caveolin-1は内皮細胞の、Caveolin-3は心筋細胞のカベオラ構造を形成するのに必須であり、これらの遺伝子が欠損すると心肥大が起こるとされています。cavinとcaveolinとの関係は分かっていませんでしたが、coiled coilドメインを欠損させたMURC遺伝子を強制発現してやるとCaveolin-3のカベオラへの局在が出来なくなり、それに呼応して心筋細胞肥大が引き起こされることを発見しました(図4)。この発見により、カベオラでのタンパクの局在変化による心肥大にMURCが重要な役割を果たしていることが、明らかになりました。


(図4) Coiled coilドメインを欠損させたMURCを過剰発現させたマウス(ΔCC-Tg)の心筋細胞では、もう一つの筋特異的カベオラ関連タンパクcaveolin-3の細胞膜への局在が減弱します(上図、Scale Barは 100µm)。同じマウスの心筋細胞は肥大が認められます(下図、Scale Barは20µm)。 (Naito D, et al. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2015)
MURCと心筋細胞肥大
2008年の最初の報告時から、心臓にMURCを過剰発現すると若年期には心筋細胞肥大が起こっていることを発見していたため、私たちは、カベオラに一部局在するとされるα1アドレナリン受容体にしぼってMURCと心肥大のシグナルの関連を検討することとしました。α1アドレナリン受容体は主に血管平滑筋細胞に発現しアドレナリンによる血管収縮に関与していますが、心筋細胞にも存在しており、持続的な刺激を与えると心肥大が起こります。培養心筋細胞にα1アドレナリン受容体の選択的刺激薬であるフェニレフリンを投与すると心筋細胞は強く肥大しますが、MURC全身ノックアウトマウスを作製してフェニレフリンを1週間持続投与したところ、対照群と比較して有意に心肥大が抑制され、心肥大時に上昇するERK活性も有意に抑制されていました(図5)。この結果は培養心筋細胞上でMURC遺伝子をノックダウンさせタンパク発現を抑制させても同様でした。このことから、MURCはα1アドレナリン受容体刺激によるERK活性化を介した心筋細胞肥大に関わっていることが示唆されます。

(図5) MURCノックアウトマウスでは、フェニレフリンを持続投与しても心肥大が有意に抑制され心肥大マーカー遺伝子やERK活性も同時に抑制されていました(Scale Barは上段 1mm、下段50μm)。(Ogata T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014)
α1アドレナリン受容体とERKの一部が細胞膜上のカベオラでMURCと結合していることを確認したのちに、アドレナリン受容体刺激によりどのようにしてERKを活性化させるのか研究しました。その結果、ERKはα1アドレンリン受容体が刺激されるとMURCによりカベオラへリクルートされ、その後MURCとともに細胞内に移行しその後の心肥大シグナルを伝えていくということを突き止めました。MURCをノックダウンさせるとERKのカベオラへの移行が妨げられ、α1アドレナリン受容体によるERKの活性化が起こらなくなります(図6)。

(図6) 通常の状態ではフェニレフリン刺激によりERKは膜上のMURCがあるカベオラで活性化され、その後MURCと共に細胞内に移行ますが、MURCをノックダウンするとそのプロセスが妨げられます(Scale Barは20μm)。(Ogata T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014)
以上をまとめると、MURCは心筋細胞において、α1アドレナリン受容体からの肥大刺激をカベオラで効率よくERKに伝える足場タンパクの役割を果たしており、これにより心肥大のシグナルが細胞内に円滑に伝えられていく、と考えられます。今まで、MURCを含めcavinタンパクの機能的役割はほとんど分かっていなかったため、この発見はカベオラ上でのcavinタンパクの機能的役割を明らかにするうえで大変重要な発見と考えています。
前述したように、カベオラにはα1アドレナリン受容体だけではなく、様々な受容体が存在しており、そのシグナル伝達に関わるタンパク質もカベオラの内側に同時に存在していると想像されます。このような細胞内シグナル伝達に必要な異なる機能を持ったタンパク質の複合体をシグナロソーム(signalosome)といいますが、MURCをはじめとするcavinタンパクはこのシグナロソームを構成するための中心的な役割を果たしている可能性があり、細胞内シグナル伝達の効率を制御するカギを握るタンパク質である可能性があります。
参考文献
- Ogata T, Ueyama T, Isodono K, Tagawa M, Takehara N, Kawashima T, Harada K, Takahashi T, Shioi T, Matsubara H, Oh H. MURC, a muscle-restricted coiled-coil protein that modulates the Rho/ROCK pathway, induces cardiac dysfunction and conduction disturbance. Mol Cell Biol. 2008; 28:3424-36.
- Tagawa M, Ueyama T, Ogata T, Takehara N, Nakajima N, Isodono K, Asada S, Takahashi T, Matsubara H, Oh H. MURC, a muscle-restricted coiled-coil protein, is involved in the regulation of skeletal myogenesis. Am J Physiol Cell Physiol. 2008; 295:C490-8.
- Rodriguez G, Ueyama T, Ogata T, Czernuszewicz G, Tan Y, Dorn GW 2nd, Bogaev R, Amano K, Oh H, Matsubara H, Willerson JT, Marian AJ. Molecular Genetic and Functional Characterization Implicate Muscle-Restricted Coiled-Coil Gene (MURC) as a Causal Gene for Familial Dilated Cardiomyopathy. Circ Cardiovasc Genet. 2011; 4:349-358.
- Bastiani M, Liu L, Hill MM, Jedrychowski MP, Nixon SJ, Lo HP, Abankwa D, Luetterforst R, Fernandez-Rojo M, Breen MR, Gygi SP, Vinten J, Walser PJ, North KN, Hancock JF, Pilch PF, Parton RG. MURC/Cavin-4 and cavin family members form tissue-specific caveolar complexes. J Cell Biol. 2009;185:1259-73.
- Balijepalli RC, Kamp TJ. Caveolae, ion channels and cardiac arrhythmias. Prog Biophys Mol Biol. 2008; 98:149-60.
- Naito D, Ogata T, Hamaoka T, Nakanishi N, Miyagawa K, Maruyama N, Kasahara T, Nishi M, Matoba M, Ueyama T. The coiled-coil domain of MURC/Cavin-4 is involved in membrane trafficking of caveolin-3 in cardiomyocytes. Am Physiol Heart Circ Physiol. 2015 [Epub ahead of print]
- Ogata T, Naito D, Nakanishi N, Hayashi YK, Taniguchi T, Miyagawa K, Hamaoka T, Maruyama N, Matoba S, Ikeda K, Yamada H, Oh H, Ueyama T. MURC/Cavin-4 facilitates recruitment of ERK to caveolae and concentric cardiac hypertrophy induced by α1-adrenergic receptors. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014; 11:3116-21.