循環器内科
 研究グループ

心筋再生医療グループ

 日本人の死因では心疾患はガンに次いで第2位(平成18年度17万人、総死亡の16%)です。この心疾患の中で最も多い病気が心不全ですが、日本で心不全を治療中の患者さんは約200万人いるといわれ、年間6万人の方が亡くなっています。そして特に重症な慢性心不全は最新の循環器治療の技術を持ってしてもなお予後が悪く、世界中の心臓病に苦しむ人々と全ての循環器専門医にとって克服すべき課題です。本来の根治治療でもある心臓移植は、日本に限らず世界中でも深刻なドナー不足であり、昨年7月の改正臓器移植法の施行以後心臓移植患者数は従来に比べ飛躍的に増えてはいますが、心臓移植が必要な患者さん全てを治療することは困難です。 
 心筋再生医療は、このような従来の心臓病治療では克服できない重度の慢性心不全患者さんための全く新しい治療の一つです。 我々の研究グループは、2004年から心筋再生には心臓の中にある幹細胞(心筋幹細胞)が最適であると考え研究を進めてきました。心筋幹細胞は極めて高率に心筋細胞に分化可能な体性幹細胞で、我々の独自に開発した技術を用いて心筋生検で得られた極少量の心組織(15-18mg)からも単離・培養が可能となりました。そして大動物(ブタ)の慢性虚血不全心モデルを用いた前臨床試験(GLP基準適合)において、ヒト心臓由来心筋幹細胞が増殖因子bFGFとの同時投与で、障害された心臓組織の中であっても高い生存率を保ち心筋細胞に分化、その結果傷害心筋組織の再生を通して失われた心機能を回復させることを証明してきました(図1)。

心筋再生医療グループ

 京都府立医大循環器内科心筋再生医療グループでは、この心筋幹細胞移植と再生工学を融合させたハイブリット移植療法を京都府立医科大学医学倫理審査委員会、厚生労働省科学技術部会において実施許可の承認を受けた第I相臨床試験として平成22年4月から実施してきました。この試験は文部科学省・経済産業省・NEDO 橋渡し研究推進合同事業に採択(平成21年〜平成25年)・補助を受けた事業として、日本(UMIN000002518)だけではなく、国際臨床試験登録機関(ClinicalTrail.Gov)にも登録されています。

(AutoLogous Human CArdiac-Derived Stem Cell to Treat Ischemic cArdiomyopathy (ALCADIA) Trial : NCT00981006 ) 

 本試験では患者さん自身の心臓からカテーテルを用いて局所麻酔で極少量の心筋組織を採取し、GMP準拠のセルプロセッシングセンターである京都府立医大細胞調整施設(セルプロセッシングセンター:CPC)で心臓幹細胞を単離・培養、品質を確認した後に心臓幹細胞の生着を促進する増殖因子bFGF徐放シートと一緒に患者さん自身の心臓に移植する治療です(図2)。

筋特異的発現タンパク質MURCと心筋症との関連

 私たちは、Serial Analysis of Gene Expression (SAGE)という網羅的に遺伝子発現量を解析する方法を使ってマウス心臓から筋細胞の細胞質内に特異的に発現している遺伝子を同定・単離することに成功し、その発現パターンからその分子をMURC (muscle-restricted coiled-coil protein)と名付けました。MURCを心筋細胞で過剰発現させると刺激伝導系の障害を伴った心機能低下を来たし、一部は心房細動や完全房室ブロックと呼ばれる不整脈を発症しながら心不全に陥ることがトランスジェニックマウスから明らかになり(図1、2)、心筋細胞レベルでもMURCの発現が心肥大・心不全時に発現が上昇するANP, BNPといった分子に影響を及ぼすことも分かっています。ヒトの家族性心筋症の患者の中にMURC遺伝子変異が見つかり、MURCが心筋症の原因遺伝子であることも明らかになりました(Rodriguez G, Ueyama T, Ogata T, et al. Circ Cardiovasc Genet. 2011)。

心不全研究グループ

(図1) MURCは心筋細胞のZ lineと呼ばれる部位を中心に局在しています。 (Ogata T, et al. Mol Cell Biol. 2008)

心筋再生医療グループ

本試験では患者さん自身の心臓からカテーテルを用いて局所麻酔で極少量の心筋組織を採取し、GMP準拠のセルプロセッシングセンターである京都府立医大細胞調整施設(セルプロセッシングセンター:CPC)で心臓幹細胞を単離・培養、品質を確認した後に心臓幹細胞の生着を促進する増殖因子bFGF徐放シートと一緒に患者さん自身の心臓に移植する治療です(図2)。冠動脈バイパス手術を行う予定の重症の虚血性心疾患(左室のポンプ機能が35%以下)患者さんを対象としており、平成24年2月までに計画されていた6例の患者さんすべてに実施され、良好な経過をたどっています(図3)。今後、中長期の安全性も評価したうえですべての結果を国に報告することになっています。

心筋再生医療グループ

私たちが実施してきた第I相臨床試験は終了となりますが、この試験で安全性と有効性が確認されれば、さらに適応を虚血性心臓病だけではなく拡張型心筋症などの心筋症患者さんなどにも提供できるようにしていく予定です。最終的には人工心臓を入れなくてはならないような心臓移植を前提とする重度の患者さんにも提供できるよう、国内の複数の大学や医療機関と連携して現在、計画中です。今後進展がありましたら、HP上で随時発信いたします。

 重度の心臓病に苦しむ患者様によいお知らせをお伝えできるよう、私たちはさらに研究を続けていきます。

(文責:竹原有史、小形岳寛、五條理志 )
参考文献
  1. Takehara N, Tsutsumi Y, Tateishi K, Ogata T, Tanaka H, Ueyama T, Takahashi T, Takamatsu T, Fukushima M, Komeda M, Yamagishi M, Yaku H, Tabata Y, Matsubara H, Oh H. Controlled delivery of basic fibroblast growth factor promotes human cardiosphere-derived cell engraftment to enhance cardiac repair for chronic myocardial infarction. J Am Coll Cardiol. 2008 Dec 2;52(23):1858-65.
  2. Tateishi K, Ashihara E, Takehara N, Nomura T, Honsho S, Nakagami T, Morikawa S, Takahashi T, Ueyama T, Matsubara H, Oh H. Clonally amplified cardiac stem cells are regulated by Sca-1 signaling for efficient cardiovascular regeneration. J Cell Sci. 2007 May 15;120(Pt 10):1791-800.
  3. Tateishi K, Ashihara E, Honsho S, Takehara N, Nomura T, Takahashi T, Ueyama T, Yamagishi M, Yaku H, Matsubara H, Oh H. Human cardiac stem cells exhibit mesenchymal features and are maintained through Akt/GSK-3beta signaling. Biochem Biophys Res Commun
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